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2005年12月28日 (水)

アフリカ事情報告Ⅲ(タンザニア・2 ザンジバル編)

 タンザニアはタンガニーカ(本土)とザンジバル(島嶼)とが互恵平等な立場で1964年連合共和国として合併した国です。

 そのザンジバルにも大統領がおり、外交・防衛など国の根幹に関わる政策以外については、大幅な自治権を有しています。

IMG_0036                                                                                                                        我々が宿泊したビーチホテルより インド洋を望む                                                                                                                                                                                                              また この地は、アフリカ大陸と違ってアラブの香り高きイスラム教徒の島であり、街の景観もアフリカ諸国とはガラリと変わっています。

 昔、イスラムの人々がこの地に移住し、アフリカやヨーロッパへの奴隷の売買を始めたという悲しい歴史のある場所でもあり、「唐ゆきさん」と呼ばれる日本人女性数名もいたとのことでした。しかし、ここの風景はまさにアジア・太平洋の海岸リゾート地のような素晴らしさであり、美しい海や夕日をめざして海外からの観光客も随分いるとのことでした。

 翌日ダルエスサラームの空港に帰るセスナ機のパイロットにお願いして、島全体を上空から視察しましたが、島の東側は、ヨーロッパやロシア、アラブの要人が休暇を過す超々高級ビーチホテルがあり、驚かされました。

IMG_0042                                                                                          セスナ機から美しき無人島を写す                                                                                                                                                                                 ザンジバルのカルメ大統領との会談では、この島国の発展の為には、日本の援助が欠かせない特に、日本企業とのJVによる自動車部品工場・修理工場の設立や水プロジェクト(水道施設整備)の推進、さらには 観光振興、特に日本からのツーリストの誘致を積極的に推進してもらいたい旨の申し出がありました。

 ただし、水プロジェクトにおいては議論が対立しました。日本側は給水サービスを始める前に、現在は無料の水道料金を有料とし、その料金徴収システムの立法化が必要である。それがなければ、将来の給水システムのメンテナンスが出来ないと主張しています。

IMG_0041                                                                                            ザンジバル カルメ大統領                                                                                                                 一方ザンジバル側は、まず給水サービスをスタートさせ、住民を納得させてからでないと水道料金徴収システムの法律化を図ることはできないとの主張です。水プロジェクトが先か、料金徴収法案制定が先か、大変悩ましい問題であります。

 我々がなぜ水道料金(給水システムのメンテナンス)にこだわるのか。それは日本のODAの問題点として、様々な援助のための金は出して来たが、その施設なり、機械なりが順調に稼働しているか否か十分に検証できていない点があげられます。残念ながら無駄な投資や無駄になった投資もかなり存在している事実もこれまた看過できないところです。

 

《こぼれ話①》

 我々を乗せた南アフリカ航空の飛行機がタンザニアの首都ダルエスサラーム空港に到着し、空港ターミナルビルへバスで移動中のこと。何気なく車内を見ている時、日本語で『非常口』とか『お降りの方はこのボタンを押して下さい』と書かれてあるのが目に止まり、当初違和感はなかったものの、ふとここはタンザニアなのだと気付き、皆で大爆笑。恐らく、日本で走っていた路線バスの中古車が遠くアフリカのタンザニアへ流れてきたものと納得しました。

 また、ザンジバルに到着時、我々を空港からホテルまで運んでくれたマイクロバスの側面は「トーヨ自動車教習所」と大きく書かれたままの状態でした。

 後で聞くところによると、日本の中古車の品質は極めて高いと認識されており、日本語の標記をそのまま残しておくことが、その中古車の価値を高めることにつながるということでした。これまた納得。それにしても、タンザニアには数多くの日本の中古車が多分ドバイ経由で輸入されているとのこと。今後はそのような中古車の修理が出来る工場や、部品を製造する工場等の誘致が必要になってくると思います。

 

《こぼれ話②》

 折角 遠きタンザニアにまで来て、すぐ近くにアフリカの象徴であるキリマンジャロやライオンやシマウマ、象やチータの棲む壮大な国立自然動物公園があるにもかかわらず、要人との会談におわれ、見聞を広めることができなかったことが残念でした。

キリマンジャロという名のビールはたくさん飲んだけれど・・・。

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