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2006年1月18日 (水)

アフリカ事情報告ⅩⅡ(南アフリカ1)

 11月17日、アンゴラから南アフリカのヨハネスブルグへ帰り、いよいよこの旅の大詰めを迎えることになりました。今回の旅では、ヨハネスブルグを起点として各国訪問をすることになったため、南アフリカをじっくりと視察することができませんでした。IMG_0077 

                    ホテルの部屋から見たヨハネスブルグ

 

 ヨハネスブルグは、アフリカ大陸とは思えないような近代的な都市であり、丁度アメリカ合衆国のロサンゼルスのような都市景観を誇っていましたが、残念ながら治安は世界トップ級の悪さとなっており、一人歩きは厳禁、交差点に止まっている車すら強盗により襲われるとのことでした。もちろんひったくりなど当たり前とのこと。やはり アパルトヘイトの影響による社会の歪みが未だ多方面に表れているのでしょう。2010年の第19回サッカーワールドカップが開かれる頃迄には 治安の回復をしてほしいものです。

 さて、南アフリカは アフリカ最南端に位置し、面積は日本の約3.2倍、人口は4500万人の国であり、金・ダイヤモンド・白金等の希少金属の産出国として大きなシェアを占めています。その結果、サハラ以南アフリカ全体のGDPの約4割を占めるアフリカ最大の経済大国となり、アパルトヘイトを克服したマンデラ大統領に続き現在ムベキ大統領がアフリカ民族会議(ANC)の代表として二期目の民主政権を担当しているところです。ムベキ大統領は、南アフリカがアフリカのみならず、途上国のリーダーとして「南北の架け橋」たる役割を果たすと自認しており、アフリカ開発会議(TICAD)への積極的協力にも貢献されています。

 南アフリカでは、前述のとおり、我々の行動範囲をあまり広げることはできませんでしたが、矢野団長の友人や日本企業の人々と何度か会食し、多くの情報を得ることができました。その中で印象的だったことの一つに「南アはもはやアフリカではない」「南アはアフリカ諸国の中でかなり孤立している」との言葉でした。そこに南アフリカのAU諸国の中での微妙な立場を伺うことができ、その難局を乗り越えてこそAUのリーダーたりうると思いました。

 また、南アフリカで活躍する日本企業関係者からは、「日本はアフリカ諸国への民間企業の進出に消極的である。他国のように政府が先頭に立って民間企業を引きつれ、懸案事項解決のため一緒に努力する姿があまり見られない。従って我々も政府なり、大使館をあてにしなくなる。官民癒着を恐れるあまり、官民協力によるアフリカへのステータスアップが図られず、その外交戦略の貧困により中国の後塵を拝しているのではないか」という極めて厳しい意見がありました。また、別の邦人からは、「中国は大変したたかな外交戦略と援助体制を整えているが、中国には中国の、日本には日本のアフリカ支援に対する役割がある。その役割を互いに補完することがアフリカ諸国にとっては最も重要でり、両国が遠きアフリカにおいて協力しあうことが、靖国問題等々で冷えている日中両国の本国同士の関係改善につながるという逆転の発想も必要ではないか」という積極的かつ先見性のある意見も聞くことができました。

 いずれにしてもアパルトヘイトを廃止し、今後AUのリーダーとしてその役割を果たそうとする南アフリカの今後の発展と日本外交の長期的戦略に基づいたODAや経済協力の成功を祈るのみであります。

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