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2007年11月 2日 (金)

俺ら岬の燈台守は・・・

 「俺ら岬の燈台守は、妻と二人で沖行く船の無事を祈って 灯をかざす、灯をかざす」

木下忠司 作詞・作曲の「喜びも悲しみも幾歳月」という 有名な歌の一節であることは ご案内のとおりです。また同名の映画を 木下恵介監督が 昭和32年に製作され、高峰秀子・佐田啓二 扮する燈台守夫婦の25年にわたる年代記として 大ヒットしました。

 実は昨日(11月1日)は  明治元年11月1日に 観音崎灯台が着工したことを記念して創設された灯台記念日であり、第139周年を祝っての祝賀会がありました。

 会場へ向かう車中で、いろいろな灯台の雄姿に想いをめぐらせました。

「地元愛媛県佐田岬半島の白灯台・最北端の納沙布岬の灯台・あのアフリカ大陸最南端ケープタウンのケープポイントにある灯台・・・・どの灯台も本当に威厳のある素晴らしい灯台だったなぁ。それでもやっぱり一番身近く 親近感のある灯台は、地元今治市の海の難所 来島海峡を見守ってきた  あの赤灯台だよなあ」

 このようなことを思いながら、会場に到着したところ、「灯台絵画コンテスト2007」で受賞した作品が多数展示されていました。

 その中の金賞を受賞した3点の作品の中に、何とあの懐しの赤灯台が来島海峡大橋を背景に 立派に描かれていることに気付きました。

 受賞者の氏名を確認すると  やはり今治市の小学生の名前が書かれていました。

「愛媛県今治市立 立花小学校6年生 藤澤航大」

名前もいいですねえ。まさに 海の男!

 早速 本人を探し出し、ご両親と一緒に受賞作品の前で 記念撮影と相成った次第です。

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 お母さんとお話しをしていると、何年か前  ひょんなことで 私の家内と面識があったとのこと。 本当に人間は 様々なご縁によって生かされているんだなあと  改めて実感致しました。

 翌日は ディズニーランドへ遊びに行くとか・・・素晴らしい想い出をたくさんつくってほしいものです。

 それにしても 現在 灯台守の皆さんのように、人間が住みついて管理している灯台は もはや一つもなく、すべて機械の遠隔操作による監視になってしまったそうです。

 「燈台」という言葉の中に醸し出される哀愁とロマンの薫りが薄まっていくことを少し残念に思います。

         

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