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2008年1月18日 (金)

対馬を訪れて ②

 実際 現地を自ら訪れることにより、様々の誤解がとけることは よくあることです。

 離島という現実を受けとめながらも、不便という文字を愛着に置き換え、また 三位一体改革の負の部分や 原油の高騰による影響に耐えて  必死に離島での生き残りをめざす島民にとって、隣国との国際交流を進めることも 大変重要なことです。Cimg0874

                                            

                                                    

 そば道場あがたの里                                                                      

 厳しい鎖国政策下の江戸時代、唯一の外交使節であった朝鮮通信使の日本側の受け入れ実務を担当したのが 対馬藩の宗氏であり、その尽力により 日本と朝鮮との友好関係が継続されたことは歴史の事実です。

 この朝鮮通信使は 李朝政府の第1級官僚や学者、文化人をはじめ、着飾った楽隊・小童・武人・通詞など 大勢が江戸をめざす大使節団です。(12回・300~500人/回)

 その行列の絢爛さは 行列絵巻等に残っており、瀬戸内海にも そのお旅所の名残りが多数現存しています。

 このような歴史に支えられている対馬の立場は、心ない一部のマスコミにより歪曲して報道されているようです。

 地元 松村対馬市長は「日本の法律を犯し、地域の秩序を害する人には 毅然として対処し、退去してもらえばいい。ただ国の内外を問わず、対馬の歴史や自然に関心を持って 訪れてくれる人を大歓迎することは当然だ」 と語られました。

 まさに その通りだと思います。

 一部の事実をセンセーショナルに報道し、結局 日韓交流を阻害し、その原因を対馬に求めるなどという不条理が まかり通ってはならないと痛感する次第です。

 ただし、お互いが 言語・生活・風習の違いを尊重し合い、理解し合うという努力を怠っていては、国際交流は前進しないでしょう。

 そのような壁を乗り越えるための交流による相互理解の必要性も 同時に感じました。

 離島振興を担当する国土交通省に所属する一員として、初めて訪れた対馬。たった一日の日帰りの旅ではありましたが、

「対馬に対して 対応しなければならないこと」

「対馬が 自らのために やらなければならないこと」

が 少し見えたような気がします。

 九州北岸と韓国南岸の間に癒やしの場をつくり、アジアの元気が出るユートピアとして頑張る 離島の雄、対馬の応援団になろうと思っています。

 最後に一言。

今回の対馬訪問では、以前 北方領土の近接する北海道根室を訪れた時と同じような感想を持ちました。

すなわち「国境」を意識させられたという事です。

 竹島・尖閣諸島・北方領土、日本人が国境を意識し、国の独立を大切にする心構えを持つことが、相手国との友好・親善を図る前提条件となり、相互理解を促進することではないでしょうか。

 我々日本人の認識は 少々甘すぎる気がしてなりません。

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                            対馬の海

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