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2008年2月28日 (木)

九州へ③ 天草四郎を偲ぶ

 天草は、我が国でも いち早くキリスト教を受け入れ 南蛮文化の黄金期を迎えました。しかし 徳川幕府による「キリシタン禁止令」により キリシタンに対する厳しい弾圧と苛酷な年貢の取り立てが始まり、寛永14年(1637年)「天草・島原の乱」が勃発しました。

 天草四郎を大将とする一揆軍が緒戦での勝利に勢いづいて攻撃したのが 幕府側の拠点であった富岡城です。Img_0924

                                            富岡城跡に建てられた                  「熊本県富岡ビジターセンター」

                                                    

 堅固な富岡城は ついに落城せず、一揆軍は苓北から海を渡り、島原・原城へ向かい 島原の乱へとつながったことは ご案内のとおりです。

 さて その富岡城の本丸跡に「熊本県富岡ビジターセンター」が開設されており、雲仙・天草国立公園の内容を紹介し、天草地域の魅力ある自然景観、歴史・文化、環境などについての情報発信の拠点となっています。

 また二の丸には、天草の再興に尽力した鈴木重成、その補佐をした実兄・正三和尚や 明治維新で活躍した勝海舟、江戸の儒学者 頼山陽の像が「日本の恩人」「天草の恩人」として 建立されています。Cimg1076 Cimg1075                             

 実はこのビジターセンターには 地方自治体に大変喜ばれている国土交通省の「まちづくり交付金」が活用されているとの報告があり、ご案内いただいた地元の副町長さんから 今後の整備についての さらなる配慮を求められたところです。

 この地から眺める風景は 眼下の砂嘴や遠望の島原半島、有明湾に 東シナ海と 素晴しいものでした。 Img_0919_3 Img_0925_3  

  左側奥・有明湾  右側奥・東シナ海         富岡城から見た東シナ海

 続いて我々は、次の視察地である雲仙普賢岳をめざし、鬼池港からフェリーに乗船し、島原半島の口之津港へ向かいました

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